教員免許(長文)

この3月をもって,ただの紙切れになる証明書が手元にある。それは43年前に取得した教員免許状である。前期高齢者になる歳なので,もちろん更新はしない。4月になればただの紙切れになるし,自分も先生ではなくなる。

このただの紙切れにもいろいろな思いがある。大学卒業時,できれば地元で教員になりたいと願っていたが,それは叶わなかった。採用人数が絶対的に少なく,特段成績がよかったわけでもないので,もちろん採用にはならなかった。何故か縁もゆかりもない宮城県で採用され,それ以降なんとか退職まで教員を勤め上げることができた。

 今でも思い出すことがある。採用が決定後,県庁の学務課に免許状をもらいにいった時のことである。窓口にいた事務の方が一言,どういうつもりで言ったのか分からないけれど,「一度秋田を離れたら,もう戻って来られないよ」と。

 この一言がぐさっと心に刺さった。自分だって出たくて出るわけではないのに。持ち前の反抗精神がむらむらと持ち上がり,「誰が戻ってくるか」と,その場で捨て台詞を言ってしまった。

 でも県庁を後にして,なんだか悲しくなった。けして裕福ではない家庭で大学まで出してもらい,何年かかってもいいから地元に居ろと言ってくれた親父の言葉を無視して出てきてしまったわけだから。秋田が大好きだったのに。長い教員時代,教育委員会にも勤める機会があった。学力に関係した部署に配属になり,そこで秋田県の高い学力を目の当たりにした。こんな形で,また自分のところに壁となって立ちはだかるのかと,悔しいような情けないような,そんな気持ちになった。

第2の職場もあとひと月で終わる。

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